2011年11月13日日曜日

ヨーロッパ脱出


前回のblogを書き終え既に到着していたバスに急いで飛び乗った
バスは20分ほど走り閑散とした街で停車した
まっすぐ行けば国境だからというドライバーの説明をもとに道を進む
暫く行くと標識がありパスポートコントロールまで0.8km
そしてトルコまでは1.3kmと表示されていたので只々歩く

日本の正月のようさ寒さの中、街にはまったく人がいない
時折車は通るが歩いている人物は皆無で土曜の午前中とはいえ変な感じ
そうして進み遂にパスポートコントロールに到達する
はじめての徒歩での国境越えでありヨーロッパの終焉でもある
胸を高鳴らせパスポートを提出するもこれまでの順路からか手間取る
そうこうしているうちに国境越えする車がどんどん集まり次第に大渋滞に

渋滞緩和の為に一旦後回しにされたりしながら親切なおじさんにイスタンブールまでの簡単な行き方を教わる
そして15分くらい待っていると久しぶりの太陽が姿を見せぽかぽかな陽光に
それから渋滞解消後、地図をもとにこれまでの旅路を説明しなんとか出国
そうして500mの道をトルコまでむけてまた歩き遂に四ヶ月も滞在したヨーロッパ脱出
二国の間の道はフェンスに挟まれておりその先は手つかずの森のような感じ
そんな道を進みトルコの入口に着くと駐在の軍人の基地には何故か孔雀が
それも放し飼いで何羽もいる、国が変わる感覚を直に感じる

それから入国待ちで長い列が出来てたので並びながらも今度はスムーズに入国
国境から近くの街エディンヌまで行かなければイスタンブールに行けないのだが8kmくらいある模様
仕方ないので残りの10ユーロを使いタクシーに乗りエディンヌ駅に連れていってもらう
イスタンブール行きの電車までは1時間以上の余裕があったのでATMの場所を教えてもらい外へ出る
その途中ドミノピザやバーガーキングを見かけやや驚く
大きなネズミが普通に街中にいたのも軽くびっくり

そんなこんなで駅に戻りチケット購入するも一枚は何故か前日の分
コーディネーターには俺が説明するからという説明がありとりあえず納得
そうして列車が到着し乗り込みイスタンブールへ出発
車内は予想と違い綺麗な感じで席もゆったりと過ごせる
車掌はすぐに来てチケットを見せるも日付が違うと突っ込まれる
前述の経緯を説明するも車掌は納得するというより面倒くさくなったような感じで了承
そうして燃えるような夕日を見つつ日は沈み6時間ちょいかけてイスタンブールへ

疲れと車内の暑さと椅子による腰痛で到着1時間前くらいにやっと眠れた
到着時はまだ半分眠っていた状況だったが客の大半が降りたのでイスタンブールと確認し下車
しかしまわりの景色が真っ暗でどうもイスタンブールでもだいぶ外れで降りてしまった模様
駅員と相方が車内で仲良くなった現地家族に教えてもらい市電に乗車する

始発駅から乗車したのだが目的の宿がある旧市街の駅は終点一個前
結局50分近くまた電車に揺られ向かう事になる
電車の中で旧市街のホテル勤務という早口英語の男性に話しかける
その一連の行動が地球の歩き方に記されてたとおりの要注意な感じだったので警戒
そうこうして下車駅に着きその男も一緒に下車する

駅から出てそそくさと男から離れ写真に撮っておいた地図を頼りに旧市街散策
やや迷いつつも目的の宿を発見しチェックインを済ます
基本はレストランであいてるスペースを宿として提供している感じで部屋は地下の大部屋
しかしネットや暖房器具などの設備はちゃんと整っている

休む間もなく23時近くだったので食事をしに街へ出る
観光向けの店は避け大衆的な店に入ってみる
店内はシーシャ利用者が多いがモスク近くなので酒はない
その代わりの飲んだミルクシェイクは絶品だった
サラダとケバブ盛り合わせを頼むもケバブ内にも野菜たっぷり
少々残しながら食事を済まし宿へ戻ってのんびり
ネットで遊んでいると久々に脂っこいものを食べたせいか腹痛に

そんな感じで深夜な今です
やっと到着したトルコ
暫くはのんびり過ごしたい……なあ…
おやすみなさい

移動移動そしてまた移動


長い移動のはじまり、まずは11時のチェックアウト後に重い荷物を背負いバスターミナルへ
ポドゴリッツァまでのチケット購入を済まし3時間の待ち時間
ぽかぽかした天気だったので横にあったスーパーで残金処理の為に色々買い込んだりして過ごす
途中雲が出てきてからは寒くなってきたが時間がきてバスに乗車

また荷代の問題が発生しユーロでOKだったが釣りがないとの事で換金所に行くも閉まっていた
客引きしてた宿のおばちゃんも手伝ったくれたが近くのどこにもユーロ持ちがいない
仕方ないのでおばちゃんにクロアチアの金に替えてもらうもそれは使えないと言う
結局バスにいた別のおばちゃんがうまく交渉してくれて後でいいって事にしてもらう

そんな小さなトラブルを終えバスは出発しなかなか危険な崖沿いにモンテネグロへ向けて進んで行く
そうして向かいながら見た去り行くドブロブニクの景色が一番綺麗だった
その後眠っていたら国境に差し掛かり越えた先で軽い休憩を挟む
長い休憩だったのでハンバーガーを食べたりしてるとバスの行き先が変わっていた
ポドゴリッツァ行きだったはずがその先のスコピエまで出ている!!
運転手に確認してみるも普通に行くとの事で手間が省けて喜ぶ

そうしてバスはまた進みバスごと船に乗り湖を越えたりする
外はだいぶ寒いはずだが旗をふり太鼓を叩き大声で歌いまくる集団がいた
サッカーファンっぽい感じだったが何だったんだろう?
そうこうして20時少し前にポドゴリッツァに到着する
すると乗客が皆降りて行く、驚きつつ降りるとバス乗り換えだったようで前に止まってたバスにそのまま乗れる
一旦下車しターミナルでマケドニアのスコピエまでのチケットを購入してくるとバスはすぐに出発した
バスの中は寒く足下から出てくる暖房だけが救いだった
そうして朝5時半頃にスコピエに到着する



早朝だったがターミナルまで既に機能していたので情報収集
ユーロラインのバスはギリシャのテッサロニキまで出ていたが翌日しかなかったので電車で行く事に
駅を探しに外へ出てみるが暗くて見つからない、そして寒すぎる
防寒着は全て身に付けていたがそれでも寒過ぎてガタガタ震えながらターミナルへ
暫く休み買い込んでいた軽食を食べようとするもバスに忘れていた事が判明
色々な手段を使いなんとか運転手を見つけバスを開けてもらい取り戻す

そうしているとそろそろ外は明るくなってきたので再出発
駅の場所を聞いて向かうもなかなか見つからないと思ったら駅はバスターミナルの二階にあった
同じ建物だが入口が違うという軽い罠に嵌ったような気持ち
しかしテッサロニキまでの電車はまったく出ていなかった
国際列車は停止中との情報は掴んでいたが半信半疑だったのだが…
ギリシャの財政状況からかわからないが兎に角手段はバスしかないという

翌日のバスに乗る為に近くにあるホテルを聞いて探しに行く
10分で着くとの事だったが行けども行けども見つからない
仕方なく方向を変え探すも住宅街ばかりで一軒もない状況
結局バスターミナルを中心に周囲を一周し終えても見つからず
仕方ないので警察に聞くと当初のホテルを指定される
翌日のバスは6時発だったので遠いのは嫌だったが仕方なくまた向かう

すると途中でホステルの看板を発見し導かれるまま住宅街へ
そこには確かにホステルがあったので開けてもらい値段を聞くとそう高くもない
モンゴルのホステルを彷彿とさせる一軒家風の建物でかわいい犬もいた
そこで内定しバスターミナルで待ってた相方を迎えに行きまた宿へ
部屋には12時から入れるとの事だったのでネットをして待つ

9時頃が朝食の時間のようで続々宿泊者が起きて来てリビングはパンパンに
その後暫くして準備が整ったようで当初よりはやい10時台に入れてもらう
暖房器具完備で何故かウォーターベッドまである4人部屋
とりあえず疲れたので休んでいたら朝食のホーシャル的なのを食わせてくれた
街の説明もしてもらうが本来の目的地ではないのと疲れからなかなか興味が湧かず
結局満たされた環境に満足し夕方まで部屋で疲れをとる為のんびりと過ごす

夕方日が暮れてきた頃にATMと買い出しのために近くのショッピングセンターへ
ファッションブランドからスーパーまで一通り揃ったその施設は唯一の近代的な施設
食材を買い込み晩御飯は海鮮ナポリタンを食べる、それにしてもナポリタン食い過ぎだなあw
そんな感じで翌日の早朝移動に備えて早めに休む



前日に準備をちゃんと済ましていたので早朝順調に出発出来た
10分弱でバスターミナルに着きバスが来るのを待つ
6時前にはまだはやかったが外に出て待つもバスは一向に来ない
周りの他のバスは全て出て行ったがまだまだ来ない
同じく待っていた他の乗客も不安そうな感じ
そうやってハラハラしているとやっとバスが到着する
乗車するも中はとても寒い、おそらく運転手の寝坊が原因だったか…
到着し暫くしてバスは出発するも遅れているからか運転手はかなりとばす
崖の道でもとばしまくるのではらはらしながら眠る

起きると国境でそのまま休憩、外は雨が降りそそぎとても寒い
それから2時間ぐらいしてバスはテッサロニキに到着する
ギリシャ第二の都市というテッサロニキだがそんな気配は全然ない
寂れて落書きだらけのビルが延々と続く中欧っぽさが強い街
下車された場所が普通の道だったのでとりあえずネット環境を求めセントラルへ
然し行けども行けどもそれっぽい場所は見つからず雨も降っていたので濡れて寒い
アテネに行くつもりでここまできたが気候とアテネの地理的問題で断念
次の地トルコのイスタンブールまで急ぐ事にする

結局一通り行った後マックもWIFI環境あるカフェもないという判断に
駅の場所を聞きまた来た道を戻る、そうして暫く歩くとやっと駅発見
ギリシャで一番大きい駅という事だがここも寂れている
バスターミナルも駅近くにあると思ったが無い様子
駅前のコーヒーショップでやっとWIFIを発見し情報収集
テッサロニキのマケドニアバスターミナル(名称)は郊外にあるとの事で行き方と換金をしに出る

行き方は無事わかるも換金出来る場所がなかなか見つからずやっと見つけた銀行では断られる
換金所を教えてもらい行くも休憩だったようで別の換金所を教えられる
そうして向かった換金所が入ってるビルを見つけるも全階探しても見つからない
結局ビルに出入りしている人に聞くと潰れていたようでまた歩き別の両替所で両替
ここまで全部ギリシャ語とても疲れた

そうして近くの売店でバスチケットを買い駅前のバス乗り場からバスターミナルへ出発し15分ほどしてドーム型のバスターミナルへ到着するもシステムがわかりづらい
乗り場ごとに行き先があるのだが大きいバスターミナルなのでそれが複数ある
そしてそのどこにもトルコ/イスタンブール行きがない、そしてインフォメーションもない
聞いても「無い、行きたいなら駅に行け」との事でまた駅に舞い戻り

然し駅に行っても今はトルコ行きの電車は出てないとの事
行きたいならその辺の旅行会社に行けとの事で駅の向かいの旅行会社を指定される
然しそっちに行っても出てないから駅に行けorブルガリアまで行ってから行けとの事
また駅に舞い戻り国境近くの街まで行きたいと言うと翌日の7時出発だと……
バスがそこまで出ているのは知っていたが出発まで30分をきっている
大急ぎでバス停に行きバスを待ち乗車するも時間が本当にギリギリで焦る
結局5分前に到着して大急ぎで券売所へ走る
カードが使えずATMで金降ろしたりのドタバタは続き出発1分前になんとか乗車

振り回されまくったテッサロニキに別れを告げやっと一安心
2時間くらいした後バスは休憩を挟んだので晩御飯代わりのお菓子を購入
そうしてまたバスは進みバスはアレクサンドロポリスへ到着
栄えた都市で乗客のほとんどはここで降りた
当初の到着時間近かったので降りかけるもやはり違う
目的地はその先のピティオンなので要確認しそのまま乗車

再出発し細々とした停車を繰り返し1時間半ほどでピティオンに到着
時間は22時半で人気もまばらな街、週末なので飲み屋は賑わっていた
寒い中歩き人々にホテルの場所を聞き向かう
やや高めの綺麗なホテルだったがユーロ圏最後と思い宿泊
ネットも使えバスタブもあったので一安心しゆっくり風呂に浸かり眠る



安眠出来明朝は快適な目覚めで朝食を食いに向かう
ホテルのわりにメニュー的には微妙なものばかりの朝食
ネットで情報酒集した後ホテルマンに再度質問する
やはりイスタンブール行きはないようで国境を自力で越えるしかないと
国境近くのオレスティアダ行きのバスまで時間なかったので急ぎで準備
そしてチェックアウトを済ましバス停に向かい10時半出発のバスに乗車
20分ほどでオレスティアダの着きバスターミナルで国境行きのバスを待つ
13時発の国境行きのバスに乗るのだが今は12時53分
今日中にイスタンブール着けるかな?そんな感じの今です

残念なドブロブニク


サラエヴォでの予期せぬ滞在の日が終わった翌日、朝無事に目覚める
朝食を食べながら軽く情報収集をして準備をする
サラエヴォの街はグーグルマップ未対応なので手持ちの地図を同室だった日本人男性に渡す
トラムで駅まで行くのだがまたなかなか1番こないと思っていたらすぐに来た
そのまま駅まで行きバスターミナルでドブロブニク行きのチケット購入

順調にこれたので出発の10時まで1時間の余裕があったので残金を使い果たすために近くを散策
スーパーでビールを2本購入しちょうど手持ちの硬貨を使い切り
時間に余裕をもってターミナルのゲートをくぐり既に待機していたバスへ
然しここで荷物代が別途かかる事が判明するもユーロでも決算可能だったので一安心
そうしてやってきていた雨の中をバスは出発する

1時間程するとビールを飲んでいた影響で強烈な尿意を催す
車内トイレに行こうとするも締まっていて苦しむ
しかし幸運な事に昼休憩のタイミングがきたので安堵
スッキリしてからはゆっくり眠れ気がつけば国境に差し掛かる

難なく国境越えを果たし気がつけば景色は紅葉からミルコ•クロコップを彷彿とさせる白い山肌に移り変わってくる
サラエヴォに向かう時に見た時よりも蒼い湖や川を通り沿岸部に到達する
白い家にオレンジの家々が続き小さいな集落を幾つも通りすぎまたパスポートチェックがあったりしてドブロブニクに到着

バスを降りて事前に調べておいた宿に向かおうとすると客引きのおばちゃんが来る
値段は10ユーロでツインルーム、予定してた宿は11ユーロちょいでドミトリーなので条件はいい
値引き交渉するも応じてくれない、しかし車で送ってくれるという事もあり了承
暫くしておばちゃんの息子が迎えに来てくれて乗車し5分ちょいでおばちゃん宅のソーベへ到着する

家は広く庭には畑もある、その別邸が客室といった感じでベッドも3つある広さでエアコンもある
ネットもキッチンも完備でウェルカムドリンクにリキュールをもらったりもする
環境にも納得し暫く休憩、そうすると日が暮れてきたので買い出しに出発
ATMを探し階段を下りまくり平地へ、銀行にてセルビアでの残金紙幣を換金しスーパーへ
食材や酒を買い込み外へ出るともう暗く宿へ帰り晩餐を済ます
その後ネットしてたら相方が愛読してたBLOGタビロックの旅人夫妻が旅の途中でマラリアで病死していた事が判明
マラリアの恐怖と旅の途中での死に衝撃を受けつつ夜は移動の疲れもありはやく眠る



翌日は朝食を軽く済ませ魔女の宅急便の動画鑑賞
然し途中で止まったので以降のスケジュール確認のためバスターミナルへ
15分ほどで到着しギリシャに向かう為にマケドニアのスコピエ行きの便を確認
然しシーズンオフだからかバスは出ていない!!モンテネグロのポドゴリッツァで乗り換えるしかないらしい
仕方ないので了承しそのまま市バスで楽しみにしていた旧市街へ行く
城壁に囲まれた旧市街は趣と歴史はあるもこれまで見て来た街と比べると微妙
アイスを食べながら歩きまわるもいまいちテンションがあがらない

結局さらりと通り過ぎ反対側の入口から外へ出てロープウェイ乗り場へ
山頂に登り見下ろした街の景色はなかなかよかった
山頂にあった基地後などうろうろと冒険して寒くなったので下る
それからまた旧市街に入り万遍なくうろうろしてみる
海鮮の店も幾つかあったがどうも美味そうに見えない
そうして意気消沈しながら地図を頼りに途中で食材買いだしつつ宿まで戻る

ドブロブニクは魔女の宅急便の舞台というイメージだったが違った
ストックホルム旧市街こそ舞台だなと思いました
せめて蒼いアドリア海が見れたらよかったのだが季節柄まったく見れず
やっぱりシーズンってのは大切なものですな
やや残念な気持ちでナポリタンとステーキを喰らい眠ったのです

サラエヴォにて難民危機


モクラゴラ最終夜、書き溜めたblogを書き写真を選別し極寒の中疲れて眠る
暖房器具な何もない部屋の中、暖炉の煙突から漏れる温もりだけが安らぎだった
毛布を何枚も重ね防寒着全部着用でただただ眠る
翌朝は余裕を持って目覚め前夜買った冷凍ピザを食べるも色が怪しい
入れ物からして年季が入っていたが賞味期限を信じて食べる
かぼちゃポタージュも作るもお湯がちゃんと出来てなく冷製に
そして移動には不向きなコーラを無理矢理飲み込む

そうこうしてゆっくり準備をしてチェックアウト
宿というかbarの上にある貸部屋のような所だったので釣りがなくトラブル
しかし宿主人の友人の助けにより問題解決で道路に出てバスを待つ
到着時に降車した場所だったが看板も何もないただの路上でやや不安に思う
宿主人曰くそこで待っとけば大丈夫という事だったので信じて待つ
途中クストリッツァ村に行ってたセルビア北の国境近くからきた修学旅行っぽい少年少女に話しかけられる
アジアからの来訪者が珍しいようで興味津々の彼らと話しているとバスが到着する
到着時間の12時より5分はやめだったが確認するとサラエヴォ行きとの事で乗車
手持ちのセルビアディナールが少なかったのでチェックアウト時の釣り銭があってよかった

乗車してからモクラ•ゴラ中心部の村を過ぎてすぐに国境へ
難なくボスニア•ヘルツェゴヴィナ入国を果たし少ししてから休憩に
その後は数々の山間部の町を通りバスは進んで行く
景色は紅葉地帯から崖地帯になりエメラルド色の湖や川そして荒野へと移り変わる
サラエヴォに近づくにつれ馬や牛や羊を飼っているところが多くなってくる
最初はすかすかだった車内も町々で補充を繰り返し満席に
そしてこれまでの町にくらべて大規模な盆地が見えてくる
乗車して4時間でやっとサラエヴォに到着する

到着したのは町外れにあるターミナル、次のドブログニク行きは当然のごとく出ていない
不親切なインフォメーションだったがイングランドから来てる旅人が情報を聞き出してくれてセントラルまで行かなきゃいけないと
その彼に着いて行き200m先のバス停まで辿りつき売店でチケットを買うも金が足りない
(まだ換金はしていなかったがベオグラードで知り合ったおっさんの余った小銭を若干貰っていた)
仕方ないので来た道を戻り警察に聞いてショッピングセンターでATM発見
日が暮れてきたのでやや焦りながら急いでバス停に戻る

チケットは無事に買えるも今度はどのバスに乗ればいいのかわからない
近くにいる人にセントラルバスステーションを聞くも英語がわかる人が皆無で困るもなんとか情報を聞き出す
来たトロリーバスに確認しながら乗車するも暫く走りロータリーでバスは停車
乗客は皆降りたので降り運転手に確認し反対側に来た別のバスに乗り込む
運転手は2つ先っぽい事を言っていたはずだがどうみても違う感じ
そのまま乗りバスは坂道を下りやっとちゃんとした平地に到達する
しかしまたロータリーで停車、運転手に確認してもよくわからない
近くにあった大型施設に行くもただのショッピングセンター
だが警察がいたので案内してもらいトラムの停留所に辿り着く
1番に乗れと言う事だったがいつまで経っても1番は来ず来るのは3番ばかり
警察に書いてもらった停車場所のメモを見せると行くとの事で結局3番に乗車する

運転手に確認して無事目的の停留所で降ろしてもらうも5駅のはずが8駅くらい
どうも警察なのに当てにならないなと思いつつ光のある方へ
しかし駅と思っていたのはまたしても大型のショッピングセンター
インフォメーションで確認し駅は裏手との事で暗がりの中を進んで行く
途中でベオグラードで最高のステーキを提供してくれたTOROを発見するもそんな余裕はない
移動ばかりで疲れが出てきた中やっと駅を発見するもバスではなく電車の駅
電車でも行ければと思ったが出ていないようで隣にバスターミナルある事を教えてもらう
間違えて郵便局に迷い込んだりしつつもやっとの事でバスターミナルに到着
チケットカウンターも開いていたが便は午前中の2便しかないようで断念

とりあえず翌日乗る事にしこの日の宿を探す事に
駅の近くでHOTELの看板を見つけ行くも明かりは点いてるのに誰も出てこない
ベルを鳴らしても電話をしても応答はなく近くを探しまくるもHOTELはROYALのみ
困っていたところ同じように宿泊難民の旅行者のおばさんがやってくる
おばさんも色々と試行錯誤するが結局HOTELは応答なし
おばさんが持ってた外国版地球の歩き方で調べ旧市街に宿は密集してるとの情報を得る
スペインから来たこのおばさんと行動を共にし向かいだすと途中で警察発見
警察が教えてくれたすぐ近くのHOTELに行くも行けども行けども入口が見つからない
結局ただのマンションだったようで本当に警察はあてにならないと怒りが湧いてくる

結局当初の通り旧市街に向かう事にするもまたまた歩きまわったせいでいよいよ体が悲鳴をあげてくる
正直休みたくて仕方なかったがコロコロだけのおばさんはおかまいなしに進みまくる
旧市街までは距離があるのでトラムに乗らなければ行けないのでアメリカ大使館の警備員に聞き駅へ
1番に乗れば行けるとの事で待つがまたしても一向に来ない、本当にあるのか?
途中おばさんが地元の女の子に確認するもやはり1番に乗らなきゃいけないとの事
待ってる間におばさんが歩き方で安ホステルを調べてくれたりする
そうこうしていると隣に座ってた地元の女の子が我がトートバックに手をつっこんでる事が判明
油断も隙もあったもんじゃない!!幸いに被害はなかったが疲れもあり警戒心が揺らいでいたので気を引き締める

暫く時間が過ぎ諦めかけた頃にやっと1番到着で乗車し旧市街へ
着いて良宿に泊まるおばさんとは別れ近くのホステルへ
値段はおばさんオススメのとこより半額近く安いが旧市街はホステルが多いため思案
しかしそこは旧市街の複数のホステルの総合レセプションだった事もあり結局そこで決める
レセプションから少し歩きトラム線路沿いの宿に入りやっと一息
小さなその宿は10人部屋だったが広さもそれなりにあり昔ながらの安宿といった感じ
疲れていたが時間も遅くなってきていたのですぐに出る

とりあえずATMで金を卸し適当に入ったSPORTSというスポーツ要素は別にない店で晩餐
中東系の肉を喰らいとりあえず腹を満たす事に成功する
トルコに支配されてた事もあるこの国はモスクが至る所にあり食事も中東系の物が多いようだ
そうして宿に戻るも相方が今朝の怪しいピザにあたったようで食あたりに
この日は翌日が移動という事で宿でゆっくりしたが相方は一晩中嘔吐を繰り返したようだ



そんな様子だったので翌朝の移動はやめ一日延泊する事に
とりあえず朝起きて一人で宿から離れた朝食用のレストランへ
場所がよくわからず右往左往するも同室だったモーゼ似の旅人に教えてもらう
食事は固いパン2個とチャイとソーセージ2個の質素な物、ネットが出来たので軽く情報収集
食後に延泊の手続きを済まし部屋でゆっくり疲れをとる
なんとなく映画のX-ファイルを鑑賞、UFOネタ全然なくて期待はずれ
その後は古畑任三郎を一本見てから散歩に出発し旧市街を軽く廻った後、丘に登り街を見渡す
日曜という事もあり墓地に出向く人が多い様子でこの街の悲しい歴史を思い出し色々と考える

下ってからはまた旧市街を歩きまわりそのまま中央部までひたすら歩く
マックがあったのにはちょっと驚く、あと隣国のベオグラードと違い物乞いの人が多い
途中子供につきまとわれたり前夜の泥棒未遂の事もありまだまだ安定していないのかと
そうして水分とヨーグルトを買い宿で安静中の相方へお届けする
同室の人間は殆どはこの朝出ていったが日本人が増えなんだか日本人宿っぽい雰囲気に
一人の男性は我ら二人分以上の荷物を持っててで見るだけで体が軋んできそう
晩御飯がてらネットできるレストランを探すパブ風の店に
ネットは不備で使えず食事だけになるもビールとチキンチーズペンネを食す
量が多く苦しみつつ暇だったのでPCでK-20関連の動画を鑑賞する
値段を間違えていたので少し納得いかない部分もあったがヨーロッパ諸国の半額くらいで安い

食後は宿に戻りビールを買いに出るも残硬貨が明日のトラム代としてちょうどよかったので節約
それにしてもビールが大五郎の大きいやつくらいで170円くらいでめちゃくちゃ安かった(まあ移動日前日だし一人でそんなに飲んでもねえ…)
特にする事もなかったので見よう見ようと思いつつもなかなか見れなかったベンジャミン•バトンの数奇な人生鑑賞
少し前にはまってた妄想と似てて面白かったのです、若返るってのも大変ですね
そうして時間は0時をまわりこうして書き記したので眠ります
明日こそドブログニクに行けるかなー?

素晴らしきかなクストリッツァ村(Kustendorf)


出発の朝、予定よりもはやく目覚める
こういう移動の日はどうもうまく眠れない
この日は街の霧がとても濃かった、部屋から見下ろせる駅も見えない程に
準備を過ごし味噌汁を食い出発し10時発の列車に乗りまずはウジツェへ
途中から宿から貰ってきた氷の華を読みはじめる
途中長い停車があったりし予定よりも遅れ列車はウジツェへ到着する
同室だった親切なお姉さんのおかげで降り遅れる事なく無事に下車
駅の隣にあるバスターミナルに向かう途中タクシー運転手の勧誘にあう
彼曰くクストリッツァ村のあるモクラ・ゴラ行きのバスは無いと言う
30ユーロを20ユーロまで下げてきたが念の為ターミナルで確認するとバスはあった
30分後だったがそれくらい何の問題もないので二人で6ユーロちょいのチケット購入
ターミナル内に入りセルビア語がわからない為バスを全部確認して出発便を見つける
荷物代を払い小型の乗り合いタクシーのようなバンに乗り込みモクラ・ゴラへ出発

1時間くらいのはずが40分ちょいで到着する
下車したのは標識も椅子も何もないバス停とは名ばかりのただの道
クストリッツァ村のあるメチャブニクの丘までは200mの標識
一緒に下車したファンシーでメルヘンなおばちゃんと共に登っていく
荷があるのでなかなかきつい坂だったが登りきりクストリッツァ村に到着
アンダーグラウンド/黒猫白猫/ライフ•イズ•ミラクル等の世界的監督エミール•クストリッツァ
彼が作ったクストリッツァ村、村自体がひとつの作品のような世界観で楽しみにしていた
レセプションでチェックインを済ましまずは部屋に行く
木造のバンガローのような古いセルビア家屋の二階にある部屋
内部はプラズマテレビに冷蔵庫にバスタブ完備と完璧、しかもサブベッドまである
荷を置き早速村の散策をはじめる、写真では見ていたが想像以上に独特で魅力的な村
村の中央に佇むジョニー•デップの像がなんだか不気味w
カフェのある施設の奥にはプールあり体育館ありジムありレストランあり何でも揃ってる
そして子猫や子犬が沢山いる、まさにクストリッツァの世界観そのものだ

とりあえず部屋で水着に着替えまずはプールへ
部屋の鍵を渡しロッカーの鍵を貰う
ロッカーの中にはバスローブとタオルも完備
プールサイドにはサウナもあったりで泳いだりサウナに入り満喫
途中まで読み進めてた氷の華をサウナ内でも読み進める
そんな感じで久々のサウナを満喫しすぎ軽い脱水症状状態でレストランへ
ビュッフェ形式の晩餐は肉だらけでどれも美味しい
さすが世界的監督の村だと関心していたら中央の席でディナーの準備が
誰かVIPでも来るのか?まさかクストリッツァ本人?とか思っていたら本人登場
見ていたら挨拶してくれるくらいの愛想のよさ、想像と違うw
過去に彼が在籍するエミール•クストリッツァ&ノースモーキングオーケストラのライブが東京であった
その時のライブはこれまでの人生のベストに入るくらい素晴らしいライブだった
しかもその後ライブ後の彼らと遭遇した事があったので二回目の遭遇
お客さんがきていたようで周りを案内した後、彼はディナーをはじめた
近くにいるってだけで気になって仕方がないw
食後まだいた彼に会釈をして部屋に戻り氷の華を読破
ミステリーを読んだのは久々だったが1日で読破する程なかなか楽しめた
その頃には既に深夜2時をまわっていたのでそのまま就寝



ベッドの寝心地が良過ぎてこれまでの疲れが全てとれるくらいの安眠の後10時頃起床
起きると辺りは霧だらけ、山という事もあるが基本的にセルビアは濃いようだ
とりあえず朝食を食べにレストランに出向くとまたクストリッツァがいる
朝食も肉を基調とした物、やはり内陸国の山の中だし肉ばかりは仕方ないのか(嬉しいけど)
朝食後クストリッツァ村内を散策してるとまたクストリッツァに遭遇
お客さんを送っていってるようだったがまた挨拶してくれた
話せなかったのは残念だったが仕方ないな

そうして映画館に出向くも小さな映画館が満席!!仕方ないので一旦部屋に戻る
少し経ちまた映画館に出向くもまだ続いていたがちょうど終わったのでそのまま入れ替えで居座る
次の作品も同じ作品だったようで鑑賞、環境破壊系のドキュメンタリーだった
こういう内容なら言葉は関係なくビジュアルで伝わってくる
終わった後も次の作品を見ようとしたが同じ作品だったようなので出る
ちょうど昼頃だったのでネットをしに出かけたりして部屋に戻り軽く休む
のんびり時間が流れているので無理に何かをしなくていいのが良い

その後はジムに行ってまたプールに出向きサウナも含め楽しみ
25m息継ぎなしでまだまだ泳げる事がわかったのが嬉しかった
そしてレストランで晩御飯、前日と違うメニューだったがまた美味しい
食べてるとキッチンからまたもやクストリッツァ!!フルーツを持ってそのまま彼は出ていった
食後は部屋で休んだ後カフェにネットを使いに出向くもまたもやクストリッツァ
今度は知り合いと飲んでる様子だった、忙しいですなあ
そうして動画を溜めたりして部屋に戻りとりあえず就寝



翌朝も素晴らしいベッドのおかげで調子よく目覚める
そのまま朝食を食べ途中で止まっていたアンダーグラウンドの続きを鑑賞
休みつつ長い作品を見ているとチェックアウト時間を過ぎてるとホテルマンが来る
前日に14時チェックアウトと聞いていたんだが12時だったようで急いで支度
無事にチェックアウトを済ましサラエヴォ行きのバスを聞くも一日一本しかないと
しかもそのバスは12時にもう行ってしまったと…
仕方ないので色々調べてもらうもそれしか手段はなかったようで困る

とりあえずクストリッツァ村を出て坂の下にある安宿へ
しかしシーズンオフからか閉まっていた
近くの飲み屋?の二階に泊まれるかもって事で部屋を見学する
暖房なしだが諸々の設備はあり値段もクストリッツァ村よりはだいぶ安い
泊まる事を決めてとりあえず安堵

食べ物がないのでマーケットを聞き1kmの道のりをモクラ•ゴラの中心部まで歩く
途中で鉄道に遭遇しその先にライフ•イズ•ミラクルのルカの家があるのはわかっていた
然しこの寒さで1時間を超える軽い登山をするのは疲れるので断念
宿も含め村では各家の脇に薪が積んである
薪割りしてる人も多く見かけなんだか新鮮
道を進み商店を見つけ軽食や飲料を購入し宿へ戻る
そしてサングリアを飲みながらblog更新をしている今です
もう一段落したらネット使うためにクストリッツァ村まで200mを登っていくか
でも寒いし暗いし憂鬱だなあという心境です
明日こそサラエヴォに行けるか?行ける事を願いましょう

爆撃跡を残した街


ウィーンの日々を終え翌日は朝から移動した
前夜に準備は済ましてたのでぱぱっと出発
バスターミナルまではまたもや無賃乗車
ウィーンはこれまでのどの国より甘かったかも
ターミナルに着き暫くしてバスが到着し乗車
バス内ではコーラとチョコが振る舞われた
北欧のぶりの高待遇で10時間のドライブ
寝ているとハンガリーに着いていて夕方頃ハンガリーセルビアの国境へ
難なく入国を果たし国境の少し先で長い休憩後また出発
これまで見た中でも一番という程赤い夕日を見る
17時にはもう辺りは真っ暗になっていた
そうして19時過ぎに予定よりもだいぶ早くベオグラードへ

宿はバスターミナルから歩いてすぐで中央駅の目の前にあった
マンションの一室のそのホステルは家のようでリビングではみなテレビを見ている
入り口近くにはこれまでの宿泊からのコメントが書かれていて日本語も幾つかあった
皆このホステルの素晴らしさを書いていたので好感が持てた
辺りはだいぶ暗かったがまだ遅い時間ではなかったのでマーケットを探し外に出る
近くに小さい商店はあったが微妙だったので進むも灯りが極点に少ない
警戒しつつ進み爆撃跡なんかも見つつ人通りが多い通りに行き当たる
そこでTOROというステーキ屋を見つけ値段も安かったので入ってみる
節約としては駄目なのだが上質のステーキが1000円単位で食べれる
中目黒のギューギューMASA依頼の柔らかく美味しい肉を味わい幸福感
食後はやや迷いつつも無事に駅前まで出て開いてた商店で水だけ購入
そして夜はニコニコ動画にてアンダーグラウンドを少し鑑賞
夜が来るのが早いからか宿の皆は早めに就寝していた
昼にバスで寝ていたせいもあり眠くなく洗濯したりして結局深夜に就寝


翌日は昼少し前に出発し次の移動のチケット手配でバス会社→バスターミナル→駅と移動
なかなか英語が通じず困ったが購入を済まし街を散策してみる
爆撃跡を通るもまわりの人は全く目をくれていなかった
原爆ドーム的なものと違い復興した街の中で自然に溶け込むようそのビルは残っていた
そんなビル地帯を過ぎてメインの広場のようなところに出た後少し道を逸れて聖堂へ
そしてスーパーで食材を買い込み美味いピザと不味いホットドックを食べながら宿へ
軽く休んだ後で要塞跡へ出発するも夕暮れがはやいせいでもう暗い
メインストリートの歩行者天国を通り辿り着く頃にはもう真っ暗
暗い要塞はなんだか怖いが何気に人の往来があったので安心
丘の上野展望広場まで辿り着くも暗くてドナウ川ははっきりと見えない
帰りは勘に任せ獣道を下り下の道に到着し駅まで歩き宿に辿りつく

そして昼に買い込んでいた肉を焼き米を炊きステーキ丼を食べる
この国の物価はこれまでと比べてもだいぶ安くステーキ肉4枚でも200円代
洗濯物が一日経ってもほぼ乾いてなかったので試行錯誤
宿泊客の日本人のだいぶ年輩のおじさんに油をもらう(白ワインと間違い購入したらしい)
そうこうしながらネットで遊んだりしながら夜間を宿で過ごし眠りにつく
翌日にはセルビア最大の目的、前々から来たからクストリッツァ村への移動
楽しみにしながら眠ったのである

ウィーンの満ち足りた日々


空港泊から、朝方店が開き起こされ椅子に移動しまだまだ寝る
しかし普通の椅子なのでなかなか寝付けない、首が痛い
10時頃そろそろ出発する事にリムジンバスにてウィーン市内に
ウィーン西駅近くのホステルに無事に到着する
愛想のいいおばちゃんでなんだか嬉しい、綺麗なアパートタイプのホステル
部屋も10人部屋だが奥の個室となってるスペースだったので快適

軽く休んで近くのスーパーへ買い出しに
他のヨーロッパの街と違いなかなかATMがない
駅辺りでやっと見つけるも少ないからか長者の列
スーパーでは食材は飲み物買い出しをする
またビールが安くなったのはドイツ近いからか
ナポリタンを食しやはり疲れていたから少し眠る
そして日が暮れた頃に外へ出てみる
まずは翌日のバレエ鑑賞の為に国立オペラ歌劇場へ
電車一本で到着し外に出るも駅辺りでは何かの集会中
神殿の写真とかあったのでギリシャ問題か?
警察も多くいたので歌劇場の場所を聞きメインストリートを通り無事到着
然しチケット売り場はもう閉まってる色々まわるも当日立ち見券売り場のみ
翌日来る事にし途中のスーパーでフルーツとワインを買い飲みながら近くの教会へ

暗がりの道でやや不安になるも到着、予想していたよりも大きい立派な教会
ここでヴィバルディの四季のコンサートがあるので来たのである
(因にチケットはネットのクラシックコンサート手配サイトで確保)
無事に入り席も確保するもドアを閉めないのと広い教会なので寒い
そんな中で1時間半くらいのコンサートは開催された
知っている曲もあり何より工事中だったが教会の素晴らしい内装で雰囲気よし
因に演奏者の中には日本人の女性もいた
終わってからは寒さに震え宿に戻り軽く休憩
晩御飯を作ろうとするもキッチンが23時半に閉まる事が判明
オムライスを作り中だったが急ぎでなんとか作りきりロビーで食す
そうして一日目は終了した


二日目は昼少し前に起床し今度こそチケットを買うべくまたもやオペラ歌劇場へ
一番安いのは悪い席しかないと言われるも高額は払う気なかったので8ユーロの席を購入
購入後は今晩近くで知り合いの誕生会(後述)があるので店を探しに歩いてみる
途中で日本食品屋を見つけプレゼントの日本酒やらーめんやそばを購入
それにしてもウィーンは久々に日本食屋が多いような気がする
無事に店も発見し近くの市場へ、この市場が想像よりも規模が大きくびっくり
美味しいものばかりが集まる場所みたいな名前がついた市場だったがその名の通り
海鮮からフルーツやらチーズやら諸々の食品そして日用品が揃っていた
一通り歩きまわり海鮮に誘惑されるも節約のためにみかんだけ購入
近くの金色のキャベツが目印のギャラリーを通りトラムに乗車
トラムは街を半周し主要なスポットを見せてくれた

そのまま乗りフンベルトバッサーの設計した家へ
一軒目はミュージアムになってたが軽く見て土産物だけ購入し移動
二軒目は集合住宅となっていたので外から見るだけしか出来なかった
そしてまたトラムに乗るも終点に行ってしまったのでそのまま反対側に乗る
美術館が集まっているエリアに行くも途中でカメラの電源が切れてしまう
美術館を軽く覗き見して情報収集をし翌日にまた来る事にして移動
地下鉄に揺られ少し離れた場所にあるバスステーションに行ってみる
ユーロラインオフィスがあったので次のセルビア行きの便を確認
そして宿に戻りナポリタンを作るも初めて俺が作ったんだが不味くて驚く
同じ材料で同じ分量で同じ作り方で作ったのに何故こうも不味くなるのか謎…
そうこうしてると夕方になりオペラ歌劇場に出発する

時間が少し危なかったが無事に到着し席に入るもなかなかの悪い席
オペラ劇場によくある個室の席なのだが最後尾
最前列に3人、次に2人、そして俺という感じの席順
席はステージ向かって右側で最前列でないとなかなか見れない
そうこうしながらもオーケストラの音が鳴りステージははじまった
前列のカップルも既に立っていたので仕方なく席の上に立つ
背の高さもあり天井に頭がつく感じになりなかなか疲れる
劇はラ•シフィールド、3大バレエの中のひとつらしい
しかし立ってもステージ半面ほどしか見れずなかなか飲み込めない
休憩を挟みながら2時間の舞台は幕を閉じた
前のカップルは殆どの時間キッスばかりをしていた
思ったのは安い席は本当に辛い、疲れだけが残り次からは高い席を買おう

こうして舞台が終わり相方と別れ本日もうひとつのメインイベントの誕生会に出発
この誕生会の主役はサンクトペテルブルグ最後の夜に会ったアンナ
その後フェイスブックを通しての交流がありウィーンに来る事を伝え誘われたのである
旅に出て三ヶ月以上になるが地元の人間の私生活に入り込む機会がなかったので楽しみに出発
店は昼に把握していたので無事に到着し再会を果たす
彼女が働いているというそのカフェバーはヨーロッパでは珍しく喫煙可
お祝いの為に沢山の人間が集まっていたがドイツ語なので軽い疎外感
英語を話せる子もいたりして話しつつとりあえずバドワイザーを飲みまくる
そうしていると何やらめっちゃ見てくる男がいて少し警戒
その彼が突如近づいてきて身構えるも日本好きのナイスガイ
たけし映画が好きという事で話が弾む
一番好きな作品を聞くもよくわからず店のPCで見せてもらうも岸谷五朗が主役のヤクザ物だった
そこで発覚したのは北野たけしではなく三池崇史だった!!!
たけしとたかし……どうりで微妙に話が噛み合ないはずだw
そんな彼と色々話し時間はどんどん過ぎていくも0時をまわり彼は帰った

その後も色々とアンダーグラウンドの出来事があり楽しむ
途中でさすがに疲れ店も暑かったので外に出て涼むとそのまま寝てしまう
暫く時間が過ぎ知らない男性に起こされる彼は自分の家に来いと頻りに言う
寝ぼけまなこだったがこの誘いが怪しい事はわかった
とりあえず店に戻るも男性は何度も誘ってくるも断りまた飲む
そうして時間はどんどん過ぎまたもや眠気がくる
いい加減に帰ろうと思ったがそんなタイミングで日本に留学してたサルバに話しかける
南大沢に住んでた日本語堪能の彼と酔いもありまたもや話が弾み気がつくと7時を過ぎていた
店が閉まり皆と別れ帰るも電車の中で寝てしまい何度も往復する
一駅で乗り換えなのだがその一駅になかなか辿り着けない始末
しかもサルバの助言?により無賃乗車で何度も往復
結局宿に辿りついたのは3時間後だった
前日かったラーメンを食べさすがに疲れていたので眠る


そうしてこの日は二日酔いで夕方頃まで眠りまくる
オムライスを食べた後はニコニコ動画にて黒猫白猫鑑賞
そうして次の地セルビアに想いを馳せて終了する
朝まで飲んだ日はまあこんな感じですわな
という事でウィーンでは貴重な体験が出来て楽しかったのです